トキソプラズマのお話
トキソプラズマと妊娠
妊娠中に初めてトキソプラズマに感染すると胎児に影響を及ぼします。いつ感染したかその時期を知る方法について、妊娠中に初めて感染したと疑われた場合の対応について記しました。
下記は専門的な内容になりますが、ご参考ください。
トキソプラズマは人畜共通感染症のひとつであるが、多くが無症状で経過し、後遺症を残さないため、治療の対象となることはほとんどない。しかし妊娠中の初感染は胎児に重篤な影響を及ぼし、後遺症を残すことがある。1)本報告の背景であるが、疫学調査によれば2)、本邦における先天性トキソプラズマ症の年間予測数は数百例と考えられ、2005年の先天性風疹症候群の厚生労働省からの報告数が、わずかに2例を数えるのみであることを考えるとその数は甚大である。1985年、我が国には先天感染児がほとんど存在しないと報告されたため、一時は多くの産婦人科医が妊婦健診からトキソプラズマ抗体の測定を削除していた。現在トキソプラズマIgM抗体陽性妊婦が増加しつつあることを考えると重要な疾患である。一般にトキソプラズマの母子感染が生じるのは、妊婦の初感染の時である。したがって妊婦の感染が疑われる場合、最も重要なことはその感染時期の推定である。
【トキソプラズマ感染のリスク因子】
Cook AJCら3)は、ヨーロッパでトキソプラズマ急性感染の妊婦とトキソプラズマ抗体陰性妊婦とを比較検討した。妊婦の急性感染を最も強力に推定する危険因子は、下記である。
ⅰ)不十分な加熱処理の子羊肉、牛肉、狩猟による鳥獣肉の摂取
ⅱ)土との接触
ⅲ)ヨーロッパ外部の国、アメリカ、カナダへの旅行
猫との接触は危険因子ではなかった。筆者らの成績もこれと一致した4)。
【トキソプラズマ性リンパ節炎の組織学的特徴】
トキソプラズマの初感染の際にはリンパ節の腫脹が見られることがある(頸部が特徴的)。
トキソプラズマ性リンパ節炎の組織学的特徴として
(1)類上皮細胞の小集簇巣
(2)リンパ洞内の単球様Bリンパ球の増殖
(3)濾胞過形成、傍皮質の多形性、過形成
(4)リンパ節周囲炎
が挙げられる。
トキソプラズマ性リンパ節炎の病理診断は原虫を認めれば確実であるが、原虫を証明できることは非常にまれなため、組織学的所見と血清学的所見により診断がなされる。サルコイドーシスや結核で見られるような大きな結節を作ることはなく、リンパ節の基本構造は保たれている。また、治癒にさいして瘢痕を残さない。WHO(1969)の報告では、原因不明のリンパ節腫脹のうち約15%がトキソプラズマであるとされる。5) リンパ節炎の生検材料では、非腫瘍性リンパ節腫脹の約1~2%を占めるとされる。多くの例では数個のリンパ節の腫大を認める。トキソプラズマ性リンパ節炎はピリンガー・クヒンカらが報告したため,ピリンガー・クヒンカリンパ節炎(Piringer-Kuchinka lymphadenitis)とも称される。若い女性に多く、20歳代に最も多く認められ、径は2cm 大までのことが多い。鑑別診断として、類上皮細胞の増殖を認めるサルコイドーシス、抗酸菌感染症、梅毒、伝染性単核球症、猫引っかき病、ホジキン病、リーシュマニア性リンパ節炎、慢性肉芽腫症、後天性免疫不全症候群の持続性全身性リンパ節腫脹(persistent generalized lymphadenopathy)などがあげられる。6)トキソプラズマ性リンパ節炎は多くの場合、無症状で、治療の対象とならないが、女性の場合、原因不明の頸部リンパ節炎を認めた場合,トキソプラズマ性リンパ節炎も考慮する必要がある。7,8)
【IgG抗体のAvidityに関して】
フィンランドのHedman Kら9)は、妊婦のトキソプラズマIgG抗体のavidity(結合力)を測定し、感染時期を推定し、妊娠中の感染か否かを診断した。一般に微生物に感染した場合、宿主は初期にはavidityの低いIgG抗体を産生するが、時間が経過するにしたがいaffinity maturationが起こり、抗原に対する結合力(avidity)の高いIgG抗体を産生する。つまり、Avidity Indexは抗原結合力とも言い現され、時間とともに親和性が高まり、この値が上昇していくため、感染時期の診断に非常に有用である。国内ではまだ測定できる施設が非常に限られている。一般に感染時期の推定はトキソプラズマ抗体、同IgG,同IgM抗体の測定とその推移によってなされる。妊婦に対するトキソプラズマ抗体検査は、IgM抗体の消失が早ければ4か月間でおこることから、妊娠4か月までに行う必要がある。従来は、IgM抗体が陽性であると、急性期の感染(妊娠中の初感染)を否定する根拠を持たなかった。しかし、トキソプラズマIgM抗体は持続的に高値を示すこと(persistant IgM)があり、トキソプラズマIgM抗体が陽性であっても必ずしも急性期の感染であるとは言えないため、Avidityの測定は非常に意義が高い。IgM抗体陽性妊婦についてAvidityを測定すると、われわれの検討では約85%は妊娠前の感染と診断でき、 無用な処置が避けられる。国内ではまだ測定できる施設が非常に限られており、今後臨床検査センターでの実施が望まれる。9,10)
【管理方針】
妊娠中の初感染を否定できなければ、アセチルスピラマイシンによる内服を開始する。分娩に至るまで1200mg分4/dayで3週間の内服と2週間の休薬を1コースとして内服を続ける。妊娠中の初感染妊婦に治療を行うと、重症先天感染を1/2~1/7に減少できる。妊娠中のトキソプラズマ感染に対して、母体に抗生物質療法をしても母子感染率減少に効果はないが、先天感染児のうち重症感染児を有意に減少させたと報告されている。11,12)また、定期的に超音波断層法を施行し、
①脳室拡大(20週以降で50%以上)
②脳内石灰化
③IUGR
④胎盤の肥厚
上記がないことを確認する。
先天性トキソプラズマ症を否定する診断項目として、頭部CT検査や眼底検査で異常のないこと、トキソプラズマIgG抗体が約30日の半減期で減少してゆくこと、トキソプラズマIgM抗体が検出されないことが、1歳の時点で、3項目とも確認されれば、先天性トキソプラズマ症はないと診断し、以降の管理の必要はなくなる。13)
以上は専門機関でなされる必要がある。
1)小島俊行、野田俊一、佐藤俊則、野田 彬、池ノ上克、川名 尚、堤 治:トキソプラズマの母子感染の診断・予防に関する研究. 周産期学シンポジウムNo.18メジカルビュー社、東京、9-19、2000
2)小島俊行、川名 尚:産婦人科領域における遺伝子診断・治療―トキソプラズマ症. 産科と婦人科、64(12):1725-1731,1997
3)Cook AJC, Gilbert RE, Buffolano W, Zufferey J, Petersen E, Jenum PA, Foulon W, Semprini AE, Dunn DT. Sources of toxoplasma infection in pregnant women: European
multicentre case-control study. BMJ, 2000; 321: 142-147
4)小島俊行、吉田良一、吉田智子、堤 治、武谷雄二:胎児・新 生児医療−’02年のトピックス 妊婦のトキソプラズマIgM抗体陽性と出生児への感染. 産婦人科の世界、55(1); 73-83, 2003
5)World Health Organization Technical Report Series No.431:Toxoplasmosis.WHO,Geneva,1969
6) 毛利 昇、斎藤生朗:原虫性リンパ節炎.病理と臨床1994,Vol.12 臨時増刊号:357-359
7) 中林 透、家子正裕:女性内科シリーズ、リンパ節腫脹.産科と婦人科69巻9号2002:1216-1223
8)畑中章生、藤川太郎、角 卓郎、岸本誠司:症状からみた感染症の診断と治療,側頸部腫脹・疼痛.JOHNS Vol.21 No.2 2005:223-236
9)Hedman K, Lappalainen M, Seppaia I, Makela O. Recent primary toxoplasma infection indicated by a low avidity of specific IgG. J Infect Dis 1989 Apr;159(4):736-40
10)小島俊行、佐藤俊則、佐伯えみ、野田俊一、川名 尚.トキソプラズマpersistent IgMの2症例. 1998、第47回日本感染症学会東日本地方会総会/第45回日本化学療法学会東日本支部総会講演抄録集、88
11)産婦人科医会研修委員会編.トキソプラズマ.研修ノートNo. 66 新生児のプライマリケア.日本産婦人科医会, 45-46, 2002
12)Foulon, W, Villena, I, Stray-Pedersen, B, et al. Treatment of toxoplasmosis during pregnancy
Am J Obstet Gynecol 1999 Feb;180(2 Pt 1):410-5.
13) 小島俊行、安田 孝、中田真木、柿木成子、北條 智、塚崎雄大、濱崎かほり、花岡正智、粟田瑠里子、前田大地、崎川牧子、高屋 茜:母子感染各論 トキソプラズマ.産婦人科の実際 第55巻2006年3月号・増刊号「周産期感染症ハンドブック」:519-530




