Air Travel and Pregnancy 
空の旅と妊娠を考える会(医療法人 雙葉会)

2015年春、北米発成田空港行きの航空機内で乗客が出産したため、予定を30分繰り上げて同機は成田空港に緊急着陸した。陣痛が始まった北米人女性は、たまたま居合わせた医師の立ち会いのもと、札幌-仙台間を飛行中に出産となった。母児は空港近くの病院に入院し、その後の経過は良好であった。専用車両が飛行機の脇につき、外に出てきた車いすに乗った母親と、生まれたばかりの児を抱いた父親の姿は大きく報道された。  今や全世界で航空機の年間利用者数は25億人を超え、日本人の利用者も1億人を超えている。航空機での移動はより一般的なものになり、空の移動と妊娠は無縁ではない。 航空機への搭乗は「合併症のない妊娠ならば、妊婦自身や胎児にとって有害ではない」と考えられる。しかし、緊急の事態が起これば、航空機内で受けられる医療は限定されるため、機内で十分な処置が行えない場合は最寄の空港へ目的地を変更して着陸せざるを得ない。この場合、他の乗客に多大な迷惑をかけることになり、航空会社にとっても大きな負担となる。このようなことを避けるためにも、妊婦が飛行機利用をする場合には妊婦自身がその必要性とリスクを十分に理解し、かかりつけの産科医、航空会社の該当窓口に相談することが望ましい。

はじめに

今や全世界で航空機の年間利用者数は25億人を超え、日本人の利用者も1億人を超えている。航空機での移動はより一般的なものになり、空の移動と妊娠は無縁ではない。    American Congress of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)1)、Royal College of Obstetricians and Gynaecologists(RCOG)2)、米国疾病管理予防センター:Centers for Disease Control and Prevention(CDC)3)などでは空の旅と妊娠に関してのガイドラインを発表しており、以降はこれらを軸としてまとめたので解説する。 (以下は、搬送を受け入れた成田赤十字病院のご協力を得て、医療法人雙葉会が作成しました)

             

【こんなことがありました】航空機内分娩

北米発成田空港行きの航空機内で陣痛が発来し、搭乗員の案内と偶然同乗していた医師の立会いのもと女児の分娩に至った。分娩所要時間は不明、出生後は直ちに啼泣をみとめ、活発に手足を動かしていたとされる。出血量は不明であるが、機内で持続する出血は認めず、バイタルサインも安定していた。 同機は予定を30分繰り上げて成田空港に緊急着陸、その後成田赤十字病院に母児ともに搬送された。生後3時間で成田空港到着、成田赤十字病院には生後4時間で到着している。 出生後の経過:出生時体重(病院到着時測定):2721g。Dubowitz法で推定37週相当と診断された。夫婦ともに妊娠に気づいていなかったと語っており、妊娠週数は不明であるが、成熟児であることは明らかであった。体温:36.0℃、クベース内管理にて保温し、経過観察とした。体温上昇と共に活気良好となり、低血糖やガス、感染症や凝固能など問題ない事を確認後、翌日にコット移床し、以降経過順調であった。

(Ⅰ)飛行機に乗る前に

(ⅰ)乗っていいひと、いけないひと(ⅱ)そしてふさわしい時期は?

American Congress of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)1)は、合併症のない妊婦の頻回でない空の旅は概ね安全であり、最近のコホート研究でも予後を悪化させないことがわかっているとしている。このため、ACOGは合併症のない妊婦に対して、空の旅を制限することを推奨していない1), 4)。多くの航空会社では36週までの搭乗が許可されるとしている(表1)。Royal College of Obstetricians and Gynaecologists(RCOG)のガイド2)も「正常経過の妊娠ならば、妊婦自身や胎児にとって有害ではない」とした上で、安全な期間は「妊娠37週まで」「双胎妊娠の場合は妊娠32週まで」と助言している。ただし、「多くの航空会社はこれ以降のフライトを認めていないので、飛行機に乗る必要がある場合は搭乗する航空会社に相談すること」としている。 「合併症のない妊婦にとって空の旅は概ね安全である」5, 6, 7)という点では、筆者らも合意できるが、満期近くの航空機での移動が危険であることは明白である。これらのガイドラインの解釈を誤り、妊娠中の無謀な旅行を後押しするものであってはならない。また、BMJ(British Medical Journal)は2009年のCLINICAL REVIEW8)にて、飛行機に乗ることで流産・早産・血栓症のリスクが上昇する可能性が否定できないとコメントしており、注意が必要である。 一方で、帰省や仕事などでやむなく飛行機に乗らなければならないとき、どのようなリスクがあり、どう対応すべきか、そして適切な時期はいつか。本報告はその立場から述べていきたい。

(ⅰ)乗っていいひと、いけないひと

まず妊娠中であってもそうでなくても、医学的に安定した状態でなくては空の旅はしてはならないと考えるのが大原則である9)。米国疾病管理予防センター:Centers for Disease Control and Prevention(CDC)は空の旅に限らず、表2にまとめた状況にある場合には妊婦は旅行すべきでないとしている3)。また、空の旅に対してRCOGは(表3)のような場合に特に注意を促している2)。RCOGは貧血のリスクを強調している。本邦で定期的に妊婦健診を受けている妊婦はこのような状態で旅行が許可されることは少ないとは考えるが、参考にされたい。 乗務員は、機内での救急患者の対応について定期的な訓練をうけてはいるが、航空機内で受けられる医療は限定される。妊婦に救急事態が発生した場合には、機内アナウンスにより搭乗している医師、助産師、看護師などに援助を依頼することになる。しかし、医療従事者の援助を得られたとしても、機内での処置で対応が不十分な場合は、最寄の空港へ目的地を変更して緊急着陸せざるを得ない事態も生ずる。この場合、他の乗客に多大な迷惑をかけることになり、航空会社にとっても大きな負担となる。このようなことを避けるためにも、妊婦自身がリスクと必要性を十分考えられるように情報提供できることが理想である。 RCOGは、妊娠中の航空機搭乗に関してアドバイスするガイド「Air Travel and Pregnancy」を発表しているが2)、これは妊婦が飛行機に乗るのを避けるべきかどうかではなく、さまざまな危険性を詳しく紹介し、乗るべきかどうかを妊婦自身が決断する一助にするのが狙いである。それを促す8つの質問を示している(表4)。

(ⅱ)そしてふさわしい時期は?

ACOGは2nd trimesterが最も安全に旅行できる期間としている(表5)。流産の80%は妊娠12週未満におこり、1st trimesterを過ぎると流産率は低下する。また1st trimesterは妊娠悪阻をきたす時期で、乗り物酔いを起こしやすいことも理由である。また1st trimesterの妊婦の腹痛や出血は正しく評価されるべきで、異所性妊娠は搭乗前に必ず除外されなくてはならない9)。現在、生殖補助医療はより一般的なものになってきているが、胚移植後に妊娠が確認されたのちに、異所性妊娠が否定される時期まで経過がフォローできないならば、航空機に乗ることをすすめないほうがよいであろう。3rd trimesterは出産に備える必要があるため、医療アクセスに制限を伴うような旅行は制限されるべきである。特に36週以降の旅行については国内外を問わず控えたほうがよい10)。また早産リスクがあるもの、胎児発育不全の状態にあるもの、PIH、前置胎盤などの明らかな合併症があるものは搭乗すべきではない9)。労働基準法の立場から考えると、産前休暇は単胎妊娠ならば34週から、双胎妊娠は26週からとしている。これ以降は仕事を休むべきとされる時期に旅行は不適切と考えるべきである。 先に述べたように、空の旅はより一般的なものになってきており、空の移動と妊娠は無縁ではない。妊婦自身がリスクと必要性を十分考えられる(表4)のようなガイダンス2)が広く普及することを強く願っている。またどのような時期まで、どのような状態ならば安全なのか(憂慮すべき状況が起こる頻度が少ないのか)を考えることは重要なことではあるが、ある事象は経過が順調であっても一定の頻度で起こってしまうことは日常の診療から明らかである。突然の陣痛発来、突然の破水、そして常位胎盤早期剥離の発症はいつも突然である。つまり、発症前のことばかりではなく、発症後にも目を向けなくてはならない。「その事象が実際に起こってしまったら、その状況は安全か?」と、われわれも妊婦自身も考える必要がある。

(Ⅱ)飛行機に乗ってから

機内環境の妊娠への影響
(ⅰ)静脈血栓症に関して、(ⅱ)胎児への影響に関して、(ⅲ)感染性疾患に関して

航空機内は、気圧はやや低下し、これによって軽度の低酸素状態にある。また空気は乾燥し、人々は密集した状態で席を占める。機内の環境は妊娠にどのような影響を与えるのであろうか。

(ⅰ)静脈血栓症に関して

妊婦の深部静脈血栓症(DVT : deep vein thrombosis)のリスクは非妊婦の10倍高い2), 11)。妊娠中であることに加えて、航空機内での脱水、不動の状態は静脈血栓塞栓症のリスクを上昇させる12)。機内では30-60分毎に歩いたり、下肢を動かすなどして予防に心がけることが望ましい3)。このために、できる限り通路側の席を確保する。可能ならアップグレードも検討。これは腹圧による頻尿傾向のためでもある。格安航空会社の場合、優先搭乗もなく、座席指定も追加料金が必要なことも多いが、追加料金を払っても通路側の席を確保するメリットは大きい。また、いわゆるエコノミークラス症候群を避けるための方法として、RCOG は4時間以上のフライトの場合に心がけたいことを表6に挙げている2)

(ⅱ)胎児への影響に関して

機内はおよそ海抜6000-8000feet(1829-2438m)相当のレベルに与圧されている。機内の気圧は低下しているのである。しかし、この低酸素状態が、経過に問題のない妊婦の胎児に対して悪影響を及ぼすことはない9), 13)。胎児ヘモグロビンは酸素に対して親和性が高く、低酸素の客室内環境に対して特にリスクはない。しかし心血管系に問題があったり、鎌状赤血球症であったり、重度の貧血(Hb<8.0g/dL)があれば、動脈血酸素濃度が低下する可能性がある。これによって、航空機内で胎児に低酸素症をきたす可能性があるため、疑わしい場合には事前の評価をすべきである。放射線の脅威はほとんどないと考えられる、しかし、乗員や頻回に飛行機に乗る人は考慮すべきである。 ここで興味深い報告を紹介したい。古い報告であるが、航空機内で胎児心拍数モニタリングを装着したとするもので、これが正常範囲内に保たれていたことから「胎児は周囲の低酸素状態に気づかずフライトを終える」としている14)

(ⅲ)感染性疾患に関して

航空機内は閉鎖空間であり、人々が密集した状態で席を占めるため、病原微生物の伝播に格好の機会を提供しているように見える。果たして、航空機内の実際の状況はどうなのであろうか15)。 機内環境は加圧による気圧の調整、温度調節、換気、および空気の濾過により保たれている。再循環された空気に加えて、外気からの新しい空気も導入されている。希薄にして低温の新鮮な空気はほぼ無菌の状態であると考えられる。機内に導入される空気のうち、再循環されている空気の割合は通常50%であるとされる。頭上から注入された空気は機内を主に上から下方向に動く層状のラミナーフローであり、機内を前後方向に動く空気の量は少ない。また、微粒子も除去することが可能な高性能濾過装置(HEPAフィルター)も備えられている(図)。妊婦は非妊娠時に比して、易感染状態であり常に感染性疾患に対して予防が必要ではあるが、航空機内という閉ざされた環境での感染性疾患の伝播リスクは思ったほど高くはないと考えられる15, 16, 17, 18)

(ⅳ)そのほかの機内での注意

① 機内では胃の圧迫を避けるため、炭酸飲料は控える。
② 機内は気圧が低く、腸管内ガスは膨張する。機内の湿度は低く設定されているため、水分補給を心掛ける。
③ シートベルトは、腹部を直接圧迫しないように骨盤の位置で締めておく。

(Ⅴ)機内で分娩が進行してしまったら

機内で陣痛が発来した場合はこれを止めるすべはない。決して分娩を急がせることなく冷静に対応し、分娩後は清潔かつ、適切に臍帯を処理することが望ましい。分娩後は母体に対しては出血に注意し、新生児に対しては低体温状態にならないように保温に努める。機内は低湿度であり、新生児の体温低下も起こりやすい。

(ⅲ)飛行機を降りてから

① マレーシアやシンガポールのように週数によっては妊婦が入国できない国があるので注意が必要である。
② 空港にある古いタイプのセキュリティーマシーンは磁気探知機であり心配ない。一方新しいものはX線(backscatter)ではあるが、無視できるレベルの放射線量である。3)
③ 旅行先の感染症の流行状態の把握も重要である。

(Ⅳ)知っておきたいこんな知識

① 「空の上の出産はめずらしくない」
この1年間でも航空機内での分娩は起こっており、このような事態は決してまれではない。報道されているものの一部を表7にまとめた。一部の事例では緊急着陸を余儀なくされている。
② 「お客様のなかでお医者様はいらっしゃいませんか?」
表7の事例を見てみると、全例で航空機内に医師が居合わせており、介助をおこなっている。本症例も医師の立ち会いがあった。このような例は偶然の幸運なのであろうか?この点については以下の報告がある。医療従事者が搭乗している確率は40-70%であり、医師である確率は30-60%にも上る。責任を恐れ、医療介入を躊躇する可能性もあり、この数字はさらに高いと思われる19, 20, 21, 22, 23)。医師が搭乗している確率は存外に高いのだ。われわれも有事の際にはお役に立ちたいものである。
③ 「航空機内で出生した児の国籍」
航空機内で出生した児は、航空機が所属する国の国籍となる場合と、両親が属する国の国籍になる場合がある。日本人の場合は、両親が日本の国籍ならば日本人である。2006年に、ボストン発エジプト行きのブリティッシュエアウェイズの機内でエジプト人女性が出産した。この分娩の瞬間は、カナダ上空を通過していたため、児にはカナダ国籍が与えられるという出来事もあった。

結語】

航空機への搭乗は「合併症のない妊娠ならば、妊婦自身や胎児にとって有害ではない」と考えられる。この情報はやむを得ず妊娠中に航空機に乗ることになった妊婦に対して適応されるべき情報であり、安易な妊娠中の空の旅は慎むべきである。
前述のRCOGガイダンスの最後の項目は「もし搭乗中に産気づいたら?」としている。この質問に対し、「その可能性は少ないものの,もしそうなった場合,安全な出産を助けられる訓練や経験のある乗客・乗員が同乗している保証はありません。その結果,機長はあなたを助けるために進路を変更する可能性もあります」との回答で結ばれている。

【文献】

図と図の解説

表1 妊婦の搭乗可能条件(航空会社別)

航空会社の2002年定期国際旅客便登場者ランキング(国際航空輸送協会:IATA発表)上位10位に、全日空と日本航空を加えた12社の妊婦の航空機搭乗可能条件を記した。多くの航空会社では35-36週までの搭乗が許可されることが多い。 なお、ライアンエアとイージージェットは日本就航なし。

表2 妊娠中の旅行が禁忌となる場合(CDC)

CDCは、空の旅に限らず、このような場合には妊婦は旅行すべきでないとしている。本邦で定期的に妊婦健診を受けている妊婦はこのような状態で旅行が許可されることは少ないとは考えるが、参考にされたい。

表3 妊婦に航空機搭乗を推奨しない場合

空の旅に対してRCOGは特に貧血のリスクを強調している。

表4 飛行機に乗るかどうか決断する際の8つの質問

RCOGは飛行機に乗るべきかどうかを妊婦自身が決断する一助にするのが狙いでこのような質問をガイドラインで紹介している。

表5 時期で見る妊娠と飛行機

ACOGは2nd trimesterが最も安全に旅行できる期間としている。1st trimester流産の多くが起こり、妊娠悪阻をきたす時期でもある。1st trimesterの妊婦の腹痛や出血は正しく評価されるべきで、異所性妊娠は搭乗前に必ず除外されなくてはならない点も忘れてはならない。3rd trimesterは出産に備える必要があるため、制限されるべきである。

表6  エコノミークラス症候群を避けるための方法(4時間以上のフライトの場合)

妊娠中はDVTのリスクが10倍高まり、頻回にストレッチしたり、歩き回ったり、弾性ストッキングを履くなどして、対策を立てたほうがいいだろう。

図  機内換気の特徴15)

Lancet. 2005 Mar 12-18;365(9463):989-96.より引用
1 ほぼ無菌の外気が取り入れられ、換気されている。
2 換気の方向が前後でなく上下で行われる
3 高性能フィルターを備えている。

表7 国内で報道されている機内分娩症例(2014-2015)

この1年間でも航空機内での分娩は起こっており、このような事態は決してまれではない。一部の事例では緊急着陸を余儀なくされている。特筆すべきは、全例で航空機内に医師が居合わせており、介助をおこなっていることである。本症例も医師の立ち会いがあった。

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